あの人は言った。人生はまるで安手のテレビゲームみたいなものだって。
じゃあわたしがプレイしているこのゲームのジャンルはいったいなんなのかな?
願わくばそれがサイレント・ヒルみたいな恐ろしいゲームでありませんように。
そういったらあの人は笑った。わたしはそれが何故か妙に癪に障ったのだ。
勇者は生まれ故郷の街を出発する。布の服を身に纏い「ひのきのぼう」を手に。
では自分がこの街から出るときには何を持っていけばいいのだろう。
午後遅く、地下鉄が部分的に地上を走るその間、窓から差し込む春の日差しの中で
わたしはそんなことを考えていました。
携帯と通帳とipodでも持ってけばいい? あと健康保険証も?
時々自分の現実的すぎるところがイヤになります。
でもそのときわたしはぼんやりと思い出したのです。。
ああ、わたしはもうとっくにライフコッドの街を出発してしまっていたのでした…。
一番最初にプレイしたゲームはドラクエ6。
告白するとわたしはドラクエは6しかやったことがないのです。
邪道の誹りを受けても仕方ありません。
でもやっぱりドラクエは好きになれない。とは言えそのことはこの際どうでもいい話。
ドラクエ6で生まれ故郷のライフコッドの街を出た主人公は、その長い冒険の終わりに、
最愛の妹ターニャと永遠に別れなければならなくなります。(覚えてた?)
実はライフコッドは夢の世界で、妹は夢の世界の住民だったからです。
冒険が終わると勇者は夢から覚めてしまう。
もう大好きなターニャには永遠に会えない。
子供だったわたしはそのエンディングで泣きはらしたのでした。
多分ゲームで泣いたのはあれが最初。
やっぱりわたしはドラクエのそういうところが好きになれない。
げんじつせかいのライフコッドたる東京都下西部の、
そのなんの特色も面白みも無いわたしの生まれ故郷。
継母にいじめられたシンデレラには本当はいくつかの選択肢があったはず。
シンデレラがなんで家を飛び出さなかったかと言えば、
彼女には諸侯が乱立する波乱に満ちた中世ヨーロッパの世界を女一人で生きる強さも覚悟も無かったからに違いないのだ。
わたしは健康保険証を手に東京のライフコッドを後にします。
民主主義は力無きものにも一応仮初めの平等をくれる。
それはたぶん冒険の初頭にだけ使える「ひのきのぼう」みたいなもの。
それでも今が封権制度の時代じゃなくて本当に良かったとは思うんだ。
あれからきみのレベルは十分に上がったのだし、闇の王と戦う準備もできているはず。
あの人はそう言うけれどわたしは本当は知っていました。
わたしはこの世界の主人公ではなかったってことを。
そう、わたしは世界を救う勇者ではありませんでした。
でもそれを知ってわたしは安堵したのです。
だって可愛いターニャと別れる心配も、もう無いのだから。
「そのかわり」
喜ぶわたしをたしなめるようにあの人はめずらしく真顔で言ったものです。
「きみ以外の、どこかのへっぽこな勇者のせいで世界が闇に沈んでしまうかもしれないけどね」
ご冗談でしょう?
もうこれ以上無いってくらい十分に闇に覆い尽くされてるんですよ? この世界は。
(効果音 シチュエーション・コメディばりの観客の爆笑)
だからといって、それから何かが変わるわけもなく
あれからわたしはいまだに毎日冒険を続けています。
人生はまるで安手のテレビゲーム。
もっと言っちゃえばクソゲー。
それでもサイレント・ヒルじゃないだけ良かった。
それにうちのパーティのメンバー、基本的に全然役に立たないからわたしが頑張るしかないんです。正直「おどりこ」は現実世界ではあんまり役に立たないんだ。
というわけで。
わたしはこれからもこの弱い心をプラチナの甲冑で覆い、
薔薇色に輝く偽勇者の剣を持って荒野を進み続けることにします。
見たことも無い可愛い妹ターニャの笑顔を夢見て。(わたしは一人っ子ですから)
だからどうか神様。
もしも願いが届くのであれば
せめてこの「世界」に幸多からんことを。
せかいじゅうのゆうしゃにあいをこめて。
あなたのゆうしゃ あがっとらてより
dedicate to
"A Lollypop or A Bullet"