2018-02-23

本来SLは本質的に気持ち悪いものだったと思う、今も。

SLは楽しかったし、いまでもたまには少しだけ楽しいし、素晴らしいクリエイターの素晴らしい作品や商品にはちょっとワクワクさせられる。
でもそれと同時に人間の想像力が無限ではないのだという現実を突きつけられる。
そして気持ちの悪い何かが常にその裏側に、いや見えるところ、至るところ全てに偏在している。デジタルでできたクリーンな仮想空間なはずなのに、たまにものすごく気持ち悪いものが見え隠れしているのはどういうことだろう。メインランドの荒廃した土地に立ち並ぶ原色で狂ったプロポーションの積み木や、生理的に嫌悪感を感じさせる崩れたバランスのアバターを見かける度に、神経を逆撫でされるようなおそましさに襲われるのはなぜだろう。
だからそれに抗うように、なるべく綺麗で愛らしい可憐なものが作りたかった。
でもその試みはことごとく失敗した。
だって絵すら描いたことの無いただの不器用な文系一般人だしね?

アカウント登録をして、初めてSLでリアルの友達と待ち合わせたのは世に言うSLバブル期の「じゃぱらんど」だった。そのあまりのひどさに友達と笑いあったものだったが、その稚拙さの裏に貼りつく妙な気持ち悪さに気がついてからはあまり笑えなくなった。
なんでも表現できる(本当はできないのだけれど)世界は本質的に混沌を呼び覚ます。そしておそらくは原初の幼児性のようなものを呼び覚ます。いい大人が子供に帰って異形の姿ではしゃぎまわる世界。
ホラー映画のステロタイプで、幼児性が恐怖に変換される文脈があるじゃないですか。幼児の描いた稚拙なクレヨン画が逆に凄惨な場面を演出する、みたいな。あれにすごく近い感じがして怖くなることがある。
あとあれだ。
昔のカメラ付ガラケーの写真をさらに圧縮したときに、物体のシャドーがものすごく汚らしく見えることがありましたよね。可愛いあの子がホラーに写るっていう。
あの気持ち悪さにこの世界は似てる。

だからFrickrでものすごく綺麗なSS撮ってる人とかは、そういうものと常に戦ってるに違いないと思ってる。そして勝手に味方を見る思いでシンパシーを感じている。これはたぶんエントロピーとの戦い。
彼我の差は等比級数的に加速している。状況悪すぎ。

どこかの天才がこのデジタル版「不気味の谷」を超克する日は来るだろうか?