2019-10-11

終章 5分後の世界


こんにちはうさ子です。

いま私の横では女子高生コスのアガットさんが超絶下手なリコーダーで「蛍の光」を演奏中。つっかえたとこでやめて、また最初から再開するのでいつまでたっても終わりません。成り行き上、見守らざるを得ない私としてはたまったものではありません。いいかげんにしてほしい。とはいえ、この島で暮らし始めて早5年。さすがに今日が最後だと思うと感慨深いものがあるに違いないのです。
傾き始めた午後の日差しの中、私は諦めて日傘を畳みました……

アガットさんと知り合ったのは3年くらい前のことでした。
こんなわけのわからない世界に放り出されて途方に暮れている私にここでの暮らし方や生きていく術をを与えてくれたのが彼女です。足を向けて寝られません。
確か残業後にタクシーを拾おうと外苑西通りに身を乗り出したらそのまま前方不注意のトラックに轢かれたはず。なのに気が付いたら無傷でここにいたのでした。
ははーん、これがいわゆる異世界転生ってやつだな? 
やってたゲームの中に転生しちゃう系だなこれ。
でもね、だからこそほんとに困ったんですよね、このゲームみたいな世界には。
だってここには冒険者ギルドもないし、魔法もチートもレベル上げも無い。
ただただカオスで世知辛くて、目的も何にも無い世界だったんですから。

途方に暮れてアキバのカオスな街で行き倒れていた私に、謎のうさみみヘッドホンの人が声をかけてきました。それがアガットさんと私の最初の出会いでした。
なんでも遠い南のほうの島でずっとお店をやって暮らしている人なのだそうです。
「居候の一人くらいはどうにでもなるから」と、遠慮する私を半ば強引に連れ帰ってくれたアガット氏。今考えると便利な働き手が欲しかっただけに違い無いのでした。

彼女が作る謎の家具とか変な服、変な建物。
塗装の下地作業とか縫製とか、まあいろんなお手伝いをしました。働かざるもの食うべからず。それはそれで楽しかったのです。「これからは飲食だ!」とか突然思い立ってカフェで働かされたりもしたのも今となっては良い思い出。
親切な近所の友人や、楽しいお客さん(たまに変な人もいましたけど)に囲まれてそれなりに充実した毎日。
漠然とそんな日々がず~っと続いていくような錯覚に陥っていました。

「うさ子、ちょっと話があるんだけどいい?」
ある日のカフェの店じまい後、彼女がそう切り出しました。
予感はなんとなくあった。そうあったんです!
ここは余生(secondlife)の世界。でもいまの私たちはなんか違うな~って。
なんとなくだけど、こういうことではなかったはずなんですよ。

「……とりあえず今のお店はいったん畳んで旅に出ようと思うんだけど」
うさ子はどうする? 読めない表情の目の奥で彼女がそう言ってる気がしました。
漂泊の思い止まず。
そんなの答えは一つに決まってるじゃないですか。


思い出のお店を取り壊す前日。
なんとなく二人でお店の前で佇んでいました。
そして冒頭の「蛍の光」に至るわけです。
だめだこの人、壊滅的に音楽的センスが無い……。
アガットさんがふと謎の演奏を止めます。
「Five minutes afterってどういうことかわかる?」
「あ、はい、村上龍の『5分後の世界』にインスパイアされたんでしたっけ? でも文法なんかおかしくないですか?」
これは本当は言ってはいけないことなのです。アガット氏の機嫌を損ねます。
でも最後の日だからまあいいよね。
「5分後の世界って結局平行世界の話でしょ? 
私もうさ子もまあいわば平行世界から来たわけで」
……言っていることはよくわかりませんが、
言わんとしていることはなんとなくわかるのです。

たぶん分岐したたくさんの平行世界=選択肢の中でなにも見失わないように。
なにかあってもまたここに帰ってこられるように。
「目印みたいなものだよ、ここは」
じゃあ壊しちゃったらダメじゃん!?
「目印はお店そのものじゃないんだよ、たぶんね」
そうですね、たぶんここでの縁や繋がり、そういったたくさんのもの……。

私はいくつもの世界(ゲーム)を旅してきた。
思えば遠い別の宇宙での惑星開発から始まった旅だったはず。

「さあて、これからどうしましょうか?」
私は彼女のリコーダーをさっと奪い取ってしまいました。
「とりあえずはどこか他の土地でも探そうよ。
でもその前に今夜は祝杯を上げにいこう? 何の祝杯かはわからないけどさ」
そして私たちはいつものように笑い合いながら
島のワープゲートに向かって歩き出しました。


Restart of five minutes after
<完>